vol.26

 

選挙で思うこと

ポール・マッカートニーが「赤の広場」でライブをするような時代になったからといって、僕は自分自身の音楽や言葉に政治的な意味合いを持たせようとは微塵も思っていないのですが、とあるテレビ番組で政党の方々が討論をしているのを見て、ちょっと考えさせられました。お互いの政党や政策について議論するのは当然だし、見守っている国民に対して自身の考え方を誤解のないように説明したいという気持ちはとても良くわかるのですが、まず見ていて思った事は「人の話をちゃんと聞け」という事です。司会者がどちらの言い分も平等に取り上げようと気を遣っているというのに、当の本人たちはおかまいなしに相手がまだ話をしているうちに「そこがおかしい」とか「ちゃんと答えろ」とか、相手に優位に立たれまいと必死に横やりを入れて、結局論点がわからない状態になって行きます。いろんなディベートのテクニックや言い負かされない方法を勉強してきたのだろうとは思いますが、その姿は哀れを通り越してもはや醜い。
政治家という仕事は本来「負けない」ことではなく、まず「人の話を聞く」ことからスタートするものではないかと僕は思います。世の中にはいろいろな状況と向き合っている人たちがいて、そのいろんな意見をどのくらいすくい取れるかがその国の文化レベルのバロメーターになるような気がするのですが、今や市民を代表する人たちがお互いの話を聞く事すら満足に出来ないなんて、愕然とします。仮にそういう状態を意図的に演出しているのだとしても、ユーモアのかけらさえ感じられないのは致命的です。せめてもう少しボケとツッコミを練習して、願わくばオチの一つくらいはあってもらいたいです。
人には人それぞれの正論や正義、信念があって、それを持つ事を保証するのが民主主義であるはずです。人の話をちゃんと聞く事はそのシステムの根幹と言っても良い。正しい事が何なのかなんて本来誰にも定義できるものではないし、世の中の萬の神様だって、信じる人たちの行動次第で、間違えれば弾圧や規制にあってしまうのです。僕たちはおそらくその時代や状況、自分たちのおかれている環境の中で「一番良いと信じる物」を選ぶことしかできないわけで、その自由を保証されている事こそが素晴らしいはずです。
日本はそういう意味では世界でも稀な市民宗教的モラルを柔軟に使いこなしてきた国だと僕は思います。昔は神様だった天皇陛下に旗を振る愛国心を忘れずも、家には神棚と仏壇があって、神官さんやお坊さんに何やら有り難い言葉を唱えてもらいながらクリスマスケーキを食べるような僕たちは、実はかなり良いとこ取りがうまいのです。そんな僕たちでさえ、この情報過多の中で何を選んで良いのやらわからなくなって来ているのかも知れません。
そのためにも国を代表する政治家の方たちには、せっかくテレビに出る時くらい「ちゃんと話を聞かせてくれ」と言いたいです。話を聞く事でもっとややこしい問題に直面したり、相容れない思想や行動に直面する事もあるかもしれません。でも、みんながミュージシャンってどんな日常を送っているのか、モテるのかモテないのか、本当にアイデアは天から降りて来たりするのか、そういうことに興味があるように、政治をするみなさんにも、もうちょっと単純に興味をそそられるようなカッコ良さとか面白さを考えてもらいたいものです。

 

2005.09.07

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