

vol.25
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梅雨って?
またもや僕の苦手な梅雨の時期がやって来ました。髪の毛はクルクルになるし、洗濯物は乾かないし、傘は荷物になるし、クルマの窓は曇るし、ビールだってそんなにおいしくないし、僕にとっていい事はほとんどありません。その上人間は歳をとるにつれ、気圧によって気分も左右されるようになる、なんて話も聞きました。まだ30代、この先ただでさえいろんな圧力が掛かって来る年頃だというのに、気圧まで相手にしなければならないなんて、どうしたものか先が思いやられます。
そもそも梅雨ってなんだ?とふと思いました。どうして梅に雨で「つゆ」と読むのか、「梅」である事は必然なのか。別に紫陽花とかへちまとか、蟹とか海老じゃ何か都合が悪いのだろうか、などと考え始めてしまいました。そんなくだらない事を考え始める事自体、梅雨にやられている証拠ですが、ひとまず調べてみる事にしました。こういう事を調べるのにインターネットは本当に役に立つもので、いろんな人が「梅雨」について書いていました。みんなやられているのです(そんなことはない)。
すると、梅が熟する時期に降る長雨なので、という説や、もともと中国では黴(カビ)が多くなるので「黴雨」と書いて「ばいう」、カビじゃいくらなんでも気分が悪いということで季節がら梅の字をあててみた、という説、日本では梅が熟した汁「つゆ」や「露」が語源だ、という説など、いろいろ出て来ました。なるほど、なんとなく納得したような気がします。日本語と言うのはなにせ奥が深いものなのです。でも、まだまだ何かインパクトが足りない。「なるほどねー」「ふーん」って程度です。同じ類いのものなら、せめてインディアン・サマー(これも諸説ありますが、なかなか面白いです)くらいの思わせぶりな感じでもあってくれれば良いのですが、そこらへんの中途半端さもますますこの季節に愛情が持てなくなる原因になります。どうせなら「昔、梅という名の娘が若い兵士に恋をした。戦に出向く兵士は『実が熟す頃、この梅の木の下で逢おう』と誓いを立てた。しかし、ついにその場所に彼が戻ることはなかったんじゃ。倒れた兵士の手には、しっかりと梅のタネが握られていたそうな。悲しみに暮れて後を追った娘さんの涙が、今でもこの長い雨を降らせるのじゃよ。そのころからこの季節の雨を梅雨と呼ぶようになったんじゃ」説くらいあって欲しいところです(説じゃないか?)。だいたい食べ物にしても「冬はやっぱり鍋だよね」、「夏はそうめんの季節です」、とかいうのはわかりますが、梅雨時に食べてこそ美味しい物なんて聞いた事がありません。「エスカルゴの季節がやってきました」なんて言われても、あまりにリアルな絵を想像してしまって困ります。どちらかというとそんな季節は来て欲しくないくらいです。
と、梅雨の季節が苦手だと言う事を力一杯表現してみましたが、こんなに何かを悪く言うのは久しぶりなのでちょっと気が晴れました。でも、最近周りを見渡すと、やたらに物事をダイレクトに悪く言ったり、一方通行な言葉のやり取りが目について、少々気が滅入る事も多いです。テレビや雑誌やインターネット上で飛び交う争い事の顛末や、誹謗や中傷、事件や事故に対する勝手な憶測や断定。でも、そういう情報の中に、その奥底には一体何があるのかを考えようとする姿勢はとても希薄な気がします。僕だって大嫌いな奴もいるし、言いたい事だって沢山あります。でも、それをただ一方的に吐き出す事で、一体何が解決して、何が生まれるのか。でも、相手が「季節」なら、誰も傷付く事はないような気がします。ひょっとしてものすごく梅雨が大好きな人がいたとしても、僕が悪口を言ったところで「梅雨」自体は痛くも痒くもないし、突然雨が止んだりはしないのです。そう思うと全く意味のない事を書いてるなあ、とも思うのですが、まあ、それはそれで良いような気もします。
2005.06.23
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