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vol.21
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ラーメンとロックンロールについての考察
「黒沢さんはスープがなくなると閉めちゃうラーメン屋みたい」という、どんな反応をして良いのか複雑なメールを頂いた事がありました。どうせなら「予約の客しか受け付けない」とか「隠れた名店」とか言ってもらえた方が気分的にはエラくなったような気がしてうれしいのですが、この表現は意外に的を得ているような気もします。納得行かないと出さないとか、自分のページでしか売らないとか、春に作ってたからspringだとか、わがままな頑固オヤジ(しかも無口)みたいな事を押し通しているのは事実だし、その事でみなさんには不便をかけている事は重々承知しています。でも、この事は僕自身それなりに大変な事だったりもするわけで、ある種賭けでもあるのです。
フレンチやイタリアンになら何万円も払って予約するのが当たり前でも、ラーメンを食べたり、CDを買うためにそんなことをする人はあんまりいないと思います。でもその手軽さと奥の深さこそその魅力なのかも知れません。ポップスやロックンロールも限られた人たちの物ではなく、誰もがその楽しさを分かち合える物だからこそ、パワーがある。
僕はあんまり話題のラーメン屋さんに並んだりすることはないのですが、時々どうしても食べたくなってわざわざ遠くまで足を運んでしまうお店があります。極限まで豪華にしても1000円でおつりが来るその小さなお店は、15人も入ればいっぱい、もちろんそこに一軒しかありません。ラーメンブームもどこ吹く風、作ってるオヤジさんも「たかがラーメンくらいでそんなに騒いでどうすんだ?」という雰囲気で、多少麺がこぼれようと指が入っていようと全然平気です。茹でる水も、お冷やも思いっきり水道の水を蛇口からダイレクトに注いでくれます。なんだかそういう感じが僕はとても好きで、もちろん常連さんたちもそんなことは全然気にしません。でも、ラーメンも食べずにビールを飲んでだらだら居座る客に「ウチは飲み屋じゃねーんだ」と一喝する現場にも遭遇したことがあります。それがラーメン屋のプライドなのか、ただムカついただけなのかは解りませんが、僕は思わず心の中で「ロックだな、」とつぶやいてしまいました。一瞬オヤジさんの麺を茹でる姿が、テレキャスをルーズにかき鳴らすキース・リチャードにさえ見えました(ウソ)。そんなことまで考えさせてくれるラーメン屋なんて、滅多にありません。
ふと思ったのは、何故僕はわざわざ郊外のラーメン屋に行ってまでそのラーメンが食べたいのか?という事。その理由はもちろん美味しい事に加え、そこにしかないこだわった麺やスープの感じと、前出のお冷やを始めとするそれ以外の極端ないい加減さが絶妙なバランスを生み出しているのです。あのスープはきっと「何とかの天然水」とか「どこそこの涌き水」とかではなく、絶対水道水で作らなくてはいけないのです。そう考えると、僕はそのお店の味だけでなく、その店の姿勢、というか「在り方」のようなものに強く魅かれているのです。
僕は別にラーメン屋さんになりたいと思っているわけではないけれど(なれるとも思ってない)、音楽だって「たかが音楽」、「されど音楽」でもあります。ロックなラーメン屋さんに学ぶべきことは実は沢山あるような気がします。このHPも在庫がなくなったら出来るまで閉めちゃうし、値段もそんなに安いとは言えない店ですが、今は僕と僕の音楽を聴いてくれる人との間から、信用出来ない要素をなるべく減らしたいだけなのです。
最近は先のコピーコントロールCDのお粗末な結末や、輸入権の問題等もあって、音楽ファンと音楽業界の間の溝はどんどん深まるばかりです。というか、ほとんど敵対しているみたいです。僕は作り手だし、同時に音楽ファンでもあるので、その溝は何とか少なくしたい。僕が始めた「出来たて産直CD」は、そういう大きな溝に対する僕なりの小さな小さな抵抗のようなものだとも言えます。「たかが音楽なんだから、うるさいことごちゃごちゃ言うなよ」という気持ちと「だからこそきちんとやらなきゃいけない事があるんだよ」という気持ちの両方が、僕にもあります。出来るなら気分良く作品を発表したいし、気分良く聴いてもらいたい。今の所その試みは意外と上手く行ってるような気がします。
そんなことを書いていると、またあのラーメンが食べたくなってきちゃいます。何処?って聞かれても絶対教えないけど。
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