
vol.10
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完成!
一つ一つの音を何度も考え直したり、やり直したりして、やっと曲が完成したら、そこからミックスの作業に入ります。ミックス、(トラックダウンとか、TD、落とし、なんて言ったりもする)という作業は、その名の通り録音した一つ一つの音のバランスや、音量、エフェクト等(エコーをかけたり、イコライザーで調節したりする)をして音を混ぜていって、最終的に曲を仕上げる作業です。これにはまた録音とは全く違う感覚が必要になって来ます。それはある種の客観性というか、その曲がどういう風に聴こえるべきか、というようなイメージが必要になって来るのです。僕の場合は自分で作った曲を自分で録音しているので、ある程度最終的に「どんな曲にしたいか」というのがはっきりしているのですが、もの凄くハイファイなパンクとか、強烈にローファイなフュージョンがあんまりないように、その曲にはその曲に合う音の造りがあります。どんなに上等なものでも、赤ワインとホッケの干物はやっぱり合わない、というのと同じです(体験済み。ホッケに謝りたい程に合わない)。
そんな僕の基本ポリシーの元にミックス作業を進めて行くのですが、自分でやっていて困るのは、全部の音を聴かせたくなっちゃう事。このギターの音は苦労したなあとか、このフレーズは細かく指定してやってもらったんだよなあ、などと考え始めると、どうしてもそこにこだわりたくなってきます。でも、そこを上げると他の何かが聴こえなくなったり、全体のバランスが崩れてきたりします。プロのミキサーはそこら辺の裏技を沢山持っていて、例えるなら一枚のガラスをきれいに見せるために、周りのガラスをちょっとだけ曇らせたり、というずるい事をしたりします。でもそれはその人その人が持っている技であって、なるほど、と思ってもなかなか真似出来ません。でも反対に僕には僕なりのやり方があったりもして、それが独特な音になる、と勝手に信じていろんな事を試してみます。
最近のスタジオ環境は専らコンピュータベースのシステムになっていて、ちょっと前までは宇宙船みたいなコンソールと、地球を破壊出来そうな位凄みのある機材が並んでいたのに、今はモニタの画面上ですべてをコントロール出来るシステムになりつつあります。僕がミックスをしている姿と、会社で企画書を作っているあなたの同僚の佐藤君や上司の田中部長の姿は、きっとそんなに変わりません。それはなんだか少々寂しくもあります。僕が憧れていた「レコーディングスタジオ」という特別な空間が失われつつある、と言っても良いと思います。
本物を買ったら一台数十万円もする機材も、ソフト版があればコンピュータの容量が許す限り何台でも使えるし、ちょっとしたノイズやピッチ等も、やる気になれば(人によってはやる気を出さなくても)直せちゃったりするのです。それによって新しいタイプの音楽やテクニックが生まれるのは素晴らしい事だし、きっとどんどんクオリティーの高い物が、より合理的に作れるようになっていく事は間違いないです。でも、人間は出来ることがあるとやってみたくなるもので、編集しなくて良いものや、直さなくて良いものまで直してしまう習性があります。だから僕はとても注意深く、出来る事が沢山ある中で、自分がしなくても良いことまでやり始めていないか、というパラドックスの中で作業をする事になります。機材の進化も場合によっては(僕の場合だけかも知れないけど)新たな問題を生み出すことになるのです。
そんな禅問答のような作業を繰り返して、ミックスを仕上げて行きます。仕上がっても悟りの境地に達するような事はないのが残念な所ですが、ミックスをする度にいちいち何かを悟っているのも面倒なのでよしとします。
一つだけ言えるとしたら、音楽に限らず、100%の「正解」って言うのは、多分ないのです。
そして出来上がったミックスを、CDにするための最終行程、マスタリングをします。僕が生まれる位の時代までは、日本ではマスタリングと言うのはあんまり重要視されていなくて、レコード会社や決められた商品の「規格」に合わせて音量のレベルを調節するための、どちらかと言うと品質管理の色合いの濃い行程だったらしいです。役所のおじさんとか研究室に居るみたいな堅い感じの人が、言ってみれば商品の強度検査や、自動車の車検をするような感覚で行っていたらしいけれど、僕がデビューする頃には既に内容に大きく関わるものになっていました。もちろん今でも規格に合わせて、CDのトラックや時間を設定するために不可欠な信号を打ち込むという作業が本来の目的である事には変わりませんが、むしろ音質や音圧のコントロールの方がメインになっていると言えます。
何故マスタリングがそんなに大事かと言うと、例えば僕の今回のCDは4曲入っていて、しかもその4曲とも、全くタイプが違います。自分で言うのもなんだけど、本当に同じ人が作ったとは思えないくらい違います(本当に作ってます。念のため)。そうなると、当然ミックスの状態も、音圧や音像も変わってきます。さらに曲と曲との間の、曲間の時間を設定する事も、通して聴いた時には意外に重要な要素になります。続けて聴いてもらいたい曲、余韻を持たせたい曲など、いろいろです。そして、どんなメディアで聴いても、ある一定のイメージを伝えられるような物にするための作業も行われます。僕のCDを家で聴く人もカーオーディオで聴く人も、爆音で聴く人も小さな音で聴く人もいます。みんながスタジオにいるような環境で音楽を聴くならそんなに問題はないけれど、そんな事はありえません。ほんのちょっと食べても、口いっぱいにほおばっても、何の味だか最低限判る様にするのです。
マスタリングは目立たないけれど、そんな諸々の部分を調整する事で、そのCDの全体のイメージまで変えてしまうような、重要な作業なのです。これはもう、ほとんど職人芸の領域で、マスタリングエンジニアによってそのやり方は千差万別です。僕が今までお世話になった方でも、使うケーブルを変えることで音質をコントロールする人もいれば、一度アナログのラッカー盤にカッティングするという離れ業を使う方もいます。
今回お願いした北村さんはプロ用スタジオ機材の開発や製作までしている音響のプロフェッショナルであると同時に、キーボードを弾き倒すミュージシャンでもあるという珍しい方で、その曲に対するアプローチの仕方がとてもミュージシャンっぽいのに、なおかつ音的にもとてもバランスが良いという相反するファクターを合せ持った、とても良いマスタリングをしてもらいました。僕のミックスが格段にレベルアップ(良い所もそうじゃない所も)して聴こえます。
そんないろいろな行程を経て、やっと完成!これをプレスの工場に入れて、CDを作ります。北村さん曰く、CDをプレスする工場や、CDの板の素材によっても音は変わる、ということです。恐るべし。
次は出来上がってくるCDを待ちつつ、早速このCDをどういう形でみんなの所に届けるか、という事を考えなくてはなりません。先に考えてから作れよ、という話もありますが、スタジオから最短距離で届ける方法を模索中です。
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