
vol.5
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天然パーマについて
くせっけの僕にとっては嫌な季節がやってきました.。雨の日自体は嫌いじゃないのですが、この「湿気+暑さ」の相乗効果にはかなり弱いです。すぐに髪の毛はくるくるになるし。まあ、スタジオにいたりすれば関係ないんですが。それにしても「天然パーマ」っていうのはなかなか厄介なものです。真直ぐな髪の人にもそれぞれ悩みはあるとは思いますが、やっぱりうらやましく思う時があります。特にこの時期は寝起きでそのまま外に出ることは殆ど不可能だし、ドライヤーで伸ばしても電気代の無駄になる上、いつも使わないムースやらワックスやらに手を出すとさらに状況を悪化させる事になります。
そもそも、その語感だけでなんだか頭悪そうです。「天然」は決してネガティブなイメージの言葉ではないし、「パーマ」も別になんて事ないのに「天然パーマ」になるとなんでこうも間抜けな印象になるのか?
天然パーマ人生を振り返ると、幼稚園に入る頃は「あら、かわいいおじょうちゃんねー。え、男の子なの?」などと幼な心を傷つける言葉にさらされ、小学校低学年の時は「天然」なんていう漢字で書くことが前提の言葉を持ち合わせないクラスメイトに「もじゃもじゃ」とか「クルクルパーマ」とか、殆ど差別用語に近い言い方で呼ばれ、さらに中高校生になると逆に「お前パーマかけてるだろう、正直に言え」とこわい先生にあらぬ疑いをかけられ、同じ悩みを持つ仲間と盗んだバイクで走り出しそうになるところでした(ウソ)。
それに比べてサラサラのストレートの髪の人は伸ばしてもきれいだし、色を入れても短くしても、そうする甲斐のある髪型にきちんと変化してくれそうです。極端な話、ストレートの人は例え角刈りにしても「角刈り」というスタイルになるのに対して、癖の強い人が角刈りにしようとしてもそれは角刈りにはならず、なんと呼んで良いのか謎めいたスタイルになってしまいます。僕の髪はそこまで強い癖はないけれど、お寿司屋さんや魚河岸で働く夢を持っている若者にはただごとではありません。さらにストレートの人はパーマをかければ自在に癖をつけられるという利点もあります。それならストレートパーマをかければいいじゃん、という意見もあるとは思いますが、それは長い髪を伸ばすという限定された意味で価値があるのであって、角刈りの様な場合には当てはまりません。どうしてこんなに角刈りに熱くなっているのか自分でも良く判らないのでそれは別にしても、僕が思うにストレートパーマというのは真直ぐに「戻す」という行為であって、ストレートの人がパーマをかける様な積極的意思を持つ行為とは異なる、と言う事です。
きれいなストレートの人がある日突然ウェーブのかかった髪で現れた場合に交わされる会話は「あ、パーマかけたんだ、結構似合ってるね」とか「ちょっとイメージチェンジしてみようかと思って」とか、周囲に対して非常にポジティブな影響を与えるのに対し、例えば僕がストレートパーマをかけた時の場合は、「何か今日髪の毛まとまってるね」とか「髪の毛伸ばしたんだ」などとは言われても「パーマかけてみたんだけど、どうかな?」とは決して言い出せない、やや後ろ向きな空気が感じられます。やはり天然パーマは髪の世界においては未だにマイノリティーであり、基本はストレートなのです。
だからといって「天然パーマ解放同盟軍」を組織して全国のサロンを襲撃しようなどと考えているわけではなく、天然パーマの人達はその個性を生かした髪型にすれば良いんだ、という事です。僕も以前は自分の髪の毛はなんでこんなにまとまらないのだろうと思っていたのですが、最近はこれもまあいいんじゃないかという気がしています。これだけ書いておいて言うのもなんですが、僕は天然パーマで悩んだことはあっても、ヘアスタイルで悩んだことは殆どありません。仕事で超一流ヘアメイクさんにお世話になった時も、街のサロンで普通に切ってもらう時も「適当にやって下さい」みたいなことしか言ったことがありません。さらにこのところはそういう場所に行くのが面倒なので自分で適当に切ってしまうというミュージシャンとしては特筆すべき無頓着さで対応していますが、それでも「ちょうど良い感じの癖だね」とか言われる事も時々あったりするのです。
いい加減に自分で切ってもそんなにおかしな感じにならず、わざわざパーマをかける必要もないし、極たまに羨ましがられたりする事もある、と考えると僕の天然パーマも捨てたもんじゃないです。
天然パーマのみなさん、あれこれ考えても髪の毛は所詮言う事を聞きません。その事実を受け入れて雨の日も楽しく過ごしましょう。
2003.6.28
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